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株式会社えとじや

マーケティングなんでも相談所

「インサイトって?」そのベールを少しだけめくってみる
INSIGHT

「インサイトって?」
そのベールを少しだけめくってみる

文 山下和美・写真 中村年孝

 世の中の出来事が、ひとの心を打ち、そのひとの考え方や行動を変えてしまうとき、そこには、単なる事実ではない、「真実」が存在する。それを、マーケティングでは、インサイトと呼びます。
 インサイト…今まで数えきれないほど使ってきた言葉ですが、あらためて、〝インサイトってなに?〟という疑問をストレートにぶつけられると、意外に答えるのが難しいものです。〝インサイトとは、〇〇です〟と、ズバッと一言で伝えられればいいのですが。なんとなくフワッとしたベールに包まれていて、がっしりつかもうとするとスルッと逃げてしまうような、そんなつかみどころのない印象があります。
 ひとつ前と同じことを書きますが、まずはともあれ、感覚的に実感してもらうのが一番なのだろうと思います。そして、〝こういうのはインサイトだけど、こういうのは違うよ〟という事例を積み重ねていく、というのが、実は近道のような気もします。とはいいつつ、せっかくなので、私は私なりの観点から、インサイトのベールを少しめくってみようかな、と。自分の頭の整理も兼ねて。「インサイトとはいったい何なのか?」という核心までは行き着かなくても、少しだけでもベールの下を覗き見できれば、と思います。少々まわりくどいかもしれませんが、お付き合いください。
 まず、辞書を調べてみると、「インサイト」=洞察(力)、などと出てきます。みなさんも一度は調べたことがあるかもしれませんね。次に、洞察を調べると、「観察をして本質を見抜くこと」と。
 でも、ここでいう(えとじやで使っている)インサイトとは、何か違う…。何が違うんだろうなと考えると、「本質を見抜く」ことはもちろんなんですが、それだけではなく、そうしたうえで、「ひとの行動を変える」ことが大事なんじゃないか、と。
 インサイトとは、(マーケティングでいうと、消費者やお客様だったりしますが、)「ひとの行動を変えるための気づきのもととなるものを見つける、または気づきを促すこと」に近いのではないかと思います。
 ここにはいくつかポイントがあって、

一、まず、本質なら何でもインサイトかというとそうではなく、先ほども言いましたが、結果的に行動を変えるものである、という点。
 マーケティングであれば、そのインサイトを使ってブランドを好きになってもらったり、商品を買ってもらうように消費者の行動を変える、という意味です。

二、次に、行動を変えるためには、気づきを与え、その人の考え方を変えることが必要、という点。
 人の行動は、その人の考え方や信じているものに大きく左右されますよね。一瞬だけ行動を変えるのは比較的簡単。お願いしたり命令したりして、うわべだけ変えればいいだけです。でも、ずっとその行動をとり続けてもらうため(例えば、買い続けてもらうため)には、〝信じていたこと・当たり前だと思っていたことが、実は当たり前ではなく、違う見方があるんだ!〟というような「気づき」と思考や概念・観念の転換が必要なのだろうと思います。あまり小難しいことではなく、〝あー、そうそう、そうだよね〟とか、〝へー、そうなんだ!〟と思わせる、ということなんですが。でも、人間そんな簡単に今まで持っていた考えを変えるわけはないので、

三、気づきを促すためには、その人が感じている、またはうすうす感じていて気づかされるとハッとする、ジレンマを浮き彫りにするのが大事、という点。
 ここでいうジレンマとは、「こうなりたい(と思ってがんばっている)けど、なれない」とか、「こうしたいけど、できている感じがしない(もう、どうしていいかわからない)」とか、「これが当然だと思っているけど、なんかうまくいかない」などなど。ちょっと不安定なモヤッとした部分です。
 不安定だからこそ、違う見かたや切り口などの刺激を与えれば、思考転換する可能性がありそうです。ちなみに、この「どうやって違う切り口を見せてあげるか・言い換えてあげるか、そしてどのような思考転換をさせるか」というのが、インサイトの神髄(マーケターの腕の見せどころ)のような気がします。
 いつも私たちが、〝インサイトは消費者に聞いても出てこないよ、自分で考えなきゃ!〝と言うのは、こういうことなんでしょう。

四、最後に、ジレンマを把握するためには、その人の考え方や信じているもの、理想・願望などを当たり前だと思わずに新鮮な目で見て、深く理解しなければいけない、という点。
 こういったことは、本人にとっては当たり前すぎて自分で気がついておらず言葉で説明できない、もしくは、その環境では当たり前すぎて誰も気にしてすらいないことが多く、理解するのが簡単ではありません。ですので、その人の言動を見ながら、そうするのはなぜか・そう言うのはなぜかを考えていくことが必要になります。
 また、その人の置かれている環境(もっと大きな話をすれば文化や習慣)、今までの経験や持っている情報やイメージの影響も大きいので、その辺もおさえておきたいところです。
 環境が同じだとついうっかり見落としてしまいがちな「その人たちにとっての常識」を違った角度で見ることが大事なんでしょうね。だから、外国人や社外などの「よそ者」の視点が、インサイトにつながることがあるのだと思います。当たり前を当たり前として受け取らず、どうしてそうしているんだろう・なぜそう考えるんだろうと不思議に思うのも一種のスキルだろうな…(店主は「悪意のない好奇心」と表現しています)。
 いろいろと書きましたが、この考え方を例に当てはめて考えてみます。
 例えば、ひと昔前は、家具を買いに行くというのは一大イベント(というか、結婚する・家を建てるなどの人生の一大イベントのときにしか家具は買わない、というのが当たり前)でした。時間つぶしにふらっと家具屋、はありえませんでした。と、いうのも、家具屋に入ると店員さんがついてきてあれこれ説明してくれるから。今日は絶対買う!と決めたときでないと、なかなか入りづらいものでした。家具屋とはそういうもので、それが常識だったんですね。
 〝ほんとは、もっと自分のペースでいろいろ見て触って検討したい(接客はいらないかも…)。でも、家具なんて買い慣れていないから知識もないし、説明がないと何を基準に選んでいいかわからない。値段も高いし失敗できないし…〟というのがジレンマ。
 そこで、IKEAがどうしたかというと、「家具は(専門知識の必要な)スペックで選ぶものだ」という固定概念を、「家具は『どんな生活をしたいのか』というイメージで選んでいいんだ!」という風に意識転換したのです。接客を最小限にし、かわりにビジュアルマーチャンダイジングを充実させ、本当にそこに人が住んでいるような(どんな人が住んでいるか具体的に想像できるような)ディスプレイをすることによって、お客さんが自分に合うスタイルをイメージでき、自分で選べるようにしたんですね。値段も比較的安いので、なりたいイメージによって家具を買い替える、ということもしやすくなります。また、もっと気軽に来ていい場所だよ、というサインとして店内にカフェや子どもの遊び場を作ったりもしていますね。こういった意識転換とその施策によって、IKEAは来店頻度や購買頻度を上げたというわけです。

 インサイトってやっぱり複雑な概念ですね。整理するだけでこんなに長くなってしまいました。
 最後になりましたが、もうひとつ、私がインサイトの特徴だなと思うことは、「一度に多くの人を動かすことができる」ということ。
 〝使ってください、買ってください!〟、と一人一人を説得するのではなく、インサイトを使ったマーケティングをすれば効率的に多くの人の行動に影響を及ぼすことができます。これって、実はすごいことですよね。多くの人を納得させて動かす、という意味では、マーケティング以外の使い道もあるかも…。