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株式会社えとじや

マーケティングなんでも相談所

「アヒル口のおじいさんが、ノリノリで・・・」だそうです、でも、すごいね
BRANDING

「アヒル口のおじいさんが、
ノリノリで・・・」だそうです、
でも、すごいね

文 岡本晋介・写真 島貫泰至

30代主婦:「あのアヒル口のおじいさんが、ノリノリで飲んでるCM、好きですよ。昔からずっと同じのやってますよね? 私もときどき買っちゃいます、ごほうび~とか言って。私、味とか全然わかんないけど、おいしいと思います。だって、なんか大事そうにおいしそうに飲んでますよね、あのおじいさん」
 数年前に出くわした発言です。
 ここには、ブランドマーケティングとマーケティングコミュニケーションの、とても大切なものが、ぎっしり詰まっているように思います。

「あのアヒル口のおじいさんが…」
 彼女は、どうやら、その「おじいさん」が、矢沢永吉という超大物セレブであることをご存じないようです。(それはそれで、ショックでしたが。)
 でも大丈夫。ここで大切なのは、有名人だと認識していなくても、ちゃんと伝わっているよ、ということです。

「ノリノリで飲んでる…ときどき買っちゃいます、ごほうび~とか言って…おいしいと思います…大事そうにおいしそうに飲んで…」
 まさにその通り。それこそが、そのブランドの存在意義であり、ブランドを構成する要素(ベネフィット)のほぼすべてです。
 そして、ブログでも、あまりに何度も語っているので耳にタコだと思いますが、ひとはベネフィットを買い、ブランドに愛着を持つ。しかも、多くは、「安易な差別化」のポイントではなく、そのカテゴリが提供すべきど真ん中のベネフィットが、より優れているという点において選ぶのです。
 難しいことばでいえば、例えば「大切な自分自身の一日の、あるいは、一週間の終わり、それを祝福してあげるときは、それに見合ったブランドで、最高のおいしさを味わうべき」とかなんとか、言えますけど、結局のところ、彼女のことばがすべてですね。

「ごほうび~とか言って。私、味とか全然わかんないけど…」
 ちなみに、「他の商品と違うところはあるんですか?」という質問に対して、彼女は、
「値段? デザイン? 名前? ちょっと贅沢な感じですよね。キレとかなんとか、そういうのわからないし、麦がどうしたとか、そういうのは知りません(興味ありません)」と。
 はなまるっ! 満点です。そうなんですよね、まさに。誰も、専門家にしかわからないようなこと(味)や原材料なんかを買ってやしないんです。

「昔からずっと同じのやってますよね?」
 文章なので口調が伝わらないですが、彼女は飽きたとかの悪い意味で言っているわけではありません。なじみがあっていい、という意味合いです。
 世の中、とても多くの場合、製品でも広告でもなんでも、みなさん、「新しいこと」をやりたがります。それを販売している会社や担当者のほうが先に飽きちゃってるってことでしょうか。むしろ、同じことを続けることは「悪」かのようにさえなっている。
 そりゃまぁ「ニワトリとタマゴ」かもですが、私は「ブランドマーケティングのアイロニー」だと思っています。
「続けないと心に残らないのに、心に残ってないからダメだって、また別のことを始めてしまって、結果、もちろん何も残らない」
 ともかく、彼女の心に残っているこの広告メッセージは、「昔からずっと同じのやって」て、なじみがあって、愛着を持てているわけです。

「昔からずっと同じのやってますよね?」
 いいえ、実はそうでもないんですよ。
 このブランド、何度か違う方向にかじを切っては、「あれ?」ってなって、すぐ戻ってきてるんです。かつて、例えば、「いちろ~」とか、いまはなき「すまっぽ」とかも出てたし、白黒じゃなかったり、いろいろあったんですよ。よく似た、女性セレブのシリーズもあったりします。
 でも大丈夫。この会社、やり続けることでも有名ですが、「違うものに変えてうまくいかなかったら、すぐに元に戻す」のもうまい・特徴なんですよね。
 これも別のところに書いていますが、ブランドマーケティングにとって、この「間違ったら元居た場所に戻る」って、大事なんですよ。なぜなら、その周辺にこそ、なじみや、愛されていた理由や、心に残っていたものがあるからなんです。成功の要因を論理的に抽出し概念化していく中で、見落としたり削ぎ落してしまったりした「実は大切なモノ」を取り戻すには、あんまり賢く考えようとせずに、「元居た場所に戻る」のがコツ。(これ、わかってくれるひと、ホントに少ないんですが…。元に戻る、前にやっていたことをやるのは、悪なんでしょうか。)
 お客さんはそれをこそ覚えていて、新しいほうは、そもそも覚えてないか、すぐ忘れてくれます。

30代主婦:「あのアヒル口のおじいさんが、ノリノリで…なんか大事そうにおいしそうに飲んでますよね、あのおじいさん」
 マーケティングコミュニケーションの世界には、とても不思議な「慣習」(というか迷信)があります。それは「広告に出てくるひとは、ターゲットと同じような(性別・年代)ひとで、広告の設定は、消費される状況と似た状況であるほうがいい」です。
 絶対そんなことないんですけどね。なぜかそう考えているひとは多い。そうでないと伝わらない場合もあるのは、確かです。化粧品とかは、そうかも知れませんね。
 でも、これは決してルールでも鉄則でもないわけです。
(ちょっと考えればわかりますよね。例えば、私をターゲットにしているモノの広告、私のようなおっさんが出てくるより、かわいい女の子が出てきたほうが、私が見る確率高そうでしょ?)
 教科書的ですが、「Real=一緒であること」が重要なのではなく、「私と一緒だ・身近だと共感できること」(Relevanceって言います)が重要なんです。
 自分では主に缶から直接飲むという30代の主婦が、(実は矢沢大先生であるところの)おじいさんが、きれいなグラスに注いで、ノリノリで(鼻歌交じりで)ぐびぐび飲む広告を見て、「私もそういうのがいい」と共感しているわけ。
 No問題です。

 ともかく、いろいろと分解して解説してしまうと失われてしまう意味やニュアンスもあるので、もう一度、彼女のことばを:
「あのアヒル口のおじいさんが、ノリノリで飲んでるCM、好きですよ。昔からずっと同じのやってますよね? 私もときどき買っちゃいます、ごほうび~とか言って。私、味とか全然わかんないけど、おいしいと思います。だって、なんか大事そうにおいしそうに飲んでますよね、あのおじいさん」
 こんな風に思ってくれるひとを、(じっくりと)増やしていく、そういうのをブランドマーケティングって言うんだと思うなぁ。
 「ブランドの強さを数値化できませんか?」とかいう質問、よく受けるんですが、それも大事ですが、こういうことばを聞けることのほうがずっと明確な「ブランドの強さ」の証拠なんだと思います。
 私は、個人としてこのブランドを飲むことは(ほとんど)ありませんが、ブランド作りのプロの仕事として、高く評価しています。